なぜ警告を続けるのか・京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち
3.11の原発震災以降,日本のマスメディアにはこぞって「御用学者」や「原子力村」の人々の言説が朝に夕に飛び交っていました。その異様さに様々な負の感情を抱いた方々も多いと思います。今や,その言説が当初よりはマシになった感はありますが,未だに大手メディアや政府は「安全デマ」の言説を止めようとしません。

発災直後から,私は動画サイトを中心に情報を収集しました。福島第一原発の状況が正しく客観的な情報が何よりも必要だったのです。その中で,とりわけ目を引いたのが京都大学原子炉実験助教の小出裕章さんでした。40年間,原子力の危険性を訴え続けたその精神に只々感銘を深めたのですが,彼の「生き方」そのものに学んだことは多々ありました。



もうすでに,ご存じかとは思いますが3月20日,山口県柳井市にての講演会の模様を観て大変大きな感動とともに「何故,このような科学者の存在をもっと早く気が付かなかったのだろう」と深く反省したのです。








私は,上記講演会の動画を繰り返し反芻するように観ました。それは決して手元の新聞やテレビからは得られない貴重な情報だったのです。
「週刊現代」にも「熊取6人衆」の記事があって読んでいたので,以下の動画も繰り返し観たものでした。残念なことにこの番組は2008年大阪の毎日テレビが報道しましたが,関西電力から不当な圧力が加わったことを小出さんの著書「原発はいらない」に記述されています。







私は,彼らの過去の「警告」を真摯に受け止めるだけの情報源がなかったのは事実なのですが,大人の責任として彼らの存在を知るべき義務があったのではないかと今更ながらに思うのです。しかし,事故は起こったのですから後戻りは出来ません。熊取6人衆の科学者から何を学びそして,私たちが今後何を為すべきなのか一人一人が出来ることを模索し続けなくてはならない時代となったのです。

以下,熊取6人衆の科学者に敬意を表して記載したいと思います。

海老沢徹さん(1939年 - )京都大学原子炉実験所元助教授
小林圭二さん(1939年 - )京都大学原子炉実験所元助手、元講師
瀬尾健さん(1940年 - 1994年)京都大学原子炉実験所元助手
川野真治さん(1942年 - )京都大学原子炉実験所元助教授
小出裕章さん(1949年 - )京都大学原子炉実験所助教(現職)
今中哲二さん(1950年 - )京都大学原子炉実験所助教(現職)
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by rosso_fiolencino | 2011-10-09 15:57 | 反原発
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