フランス暴動について。
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連日、EUで主導権を握っている国の一つ、フランスで暴動が起きています。この暴動は、先月27日の夜に、警察官に追われていたアフリカ系移民とアラブ系のの2、3世の少年二人が、変電所へ逃げこんだところで感電死したことが暴動の発端となったようです。この暴動はフランス全土に広がり、近隣諸国では、ドイツやベルギーなどにも広がり、欧州全土に広がる懸念があります。





各地で焼き討ちにあった車は5千台を超し、暴徒化した若者に市民が襲われ、死亡すると言う痛ましい出来事もありました。それに対応するフランス政府は、12日間の「夜間外出禁止令」を発動して、「火炎瓶」の製造元を摘発するなどの、対処に乗り出していますが、根本的な解決にはなってはいないような気がします。


こういう「暴動」や「テロ」には、「暴力」という手段で自らの主張を訴えているわけでしょうが、もちろん、いかなる「暴力」も「正当化」されてはいけません。

しかし、何故、このような背景があるのか、考えて見る必要があるようです。ただ、「暴動を鎮圧」すればよいというのでは、ないと思います。


フランスは過去、様々な人種の人々を受け入れ、移民政策をとってきましたが、どうもこの国のお家事情には、外国人に対する「差別」があるように思われます。移民の若者の不満が一気に爆発した背景には、失業・貧困にさらされるアラブ系・アフリカ系の方々の追い詰められた、心境があるのだと思います。(移民の数は、人口の8%、つまり500万人)

さらに、強権的にこの暴動を徹底的に排除し、さらにサルコジ内相の暴徒化した若者を「社会のくず」という、「差別発言」にも、この国の移民者や外国人に対する「差別感」が、あり、それが、さらに暴動に拍車をかける事態になっていることを考えると、体質的に外国人を「差別」しているのだと考えられます。

また、貧富の差が激しく、未だにベルサイユ貴族のような富裕層がいて、「レ・ミゼラブル」のような、貧困に困っている人々との格差があるという現実も憂慮しなければなりません。

実は、上の画像は私が2001年の夏にパリに旅行に行った時に撮影したものです。(ベルサイユ宮殿)

実際、私はこのパリの市民感情をつぶさに感じることがありました。地下鉄には、複数のスリ集団、ルーブル美術館内もそうでした。

おそらく、失業者が多いのでしょうか?

また、エールフランス空港便の客室内で、席を変更して言いか、客室乗務員の男性に訊ねたところ、「ジャッポネーゼ」などと他のフランス人の女性と、話し出しました。
雰囲気と話し口調と、ジェスチャーで「ああ、これは見下されているんだな」と感じました。

決定的だったのは、ホテルでエレベーターにフランス人一家と私一人で、乗った時に、向こうはおそらく、言葉のニュアンスからして、「どこから来たのか?観光か?」という問いかけをして来ました。


正直、私は、大学時代に第二外国語で「仏語」を履修しましたが、成績はてんで駄目で、「ジュスイ ア パリ」「ウイ」「ノン」「ジュネ スィ パ」程度の、会話しかできません。
返答に困っていると、いたわる気配もなく「ジャッポネーゼ」を繰り返し、日本人を嘲笑するかのような態度に、憮然としました。

ホテル内のメイドさんは、中国系の方でしたが、安い賃金で働かされているような印象を、(あくまでも主観ですが)持ちました。

かつて、「自由」と「平等」「博愛」を国是としたこの国は、いったい何なのか、考えさせられたと同時に、「差別」された嫌で悲しい思いだけが残りました。
もちろん、芸術の国である(イタリアのほうが伝統がもっと古く、私個人はフランスの芸術と料理などの伝統は、イタリアの流れをくんでいるに過ぎないと思いますが)憧れもありますし、かつての20世紀前半の芸術家は、パリを中心に活躍しました。

しかし、その中の芸術家でさえ、外国人としての偏見や差別があったことは、想像にかたくありません、と同時に、私がこの国で「差別」された思いを考えると、もしかしたら、我々も日本に在住する外国人を「差別」していないか?

という現実です。

もちろん、「外国人犯罪が増えた」という社会的不安はあるでしょう。個々のケースを詳細に見なければ、わかりませんが、犯罪に対してはきちんと、対策を立てつつ、その背景と真相を調べなければなりません。
外国人を見るとすぐに、そんな不安をかきたて、「差別」していないか?

と、考えるべきだと思います。

私がフランスで感じた、その事を考えると、この国の現状を見るに外国人を偏見と、差別の眼差しだけでとらえてはいけないということです。

フランス政府は「イラク戦争」の時に真っ先に「反対」しました。もちろん、その背景にはイラクとの石油の利権を巡っての駆け引きがあったのですが、それでも、第一声にその戦争の愚を声高に挙げたわけですから、国内での「大儀」を立て直す必要があるのではと思います。


ドピルパン首相は、若者の教育資金援助、住宅補助の対策を早急に実施し、あらゆる移民、外国人への「差別」をなくす、努力をすべきだと、私は、そう思います。

論語にも「己の欲さざることは人に施すことなかれ」と言いますから、自分がされて嫌なことは、決して他人にしてはならないのです。
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by rosso_fiolencino | 2005-11-15 02:16 | 政治・時事
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