公務員改革について・切り捨てられる無償の公共サービス
政府が「公務員総人件費改革」の実行案が、来月の12月中に「閣議決定」される見通しとなりました。今後、国家公務員を今後5年間に5%以上の純減を目指し、今回はさらに「地方公務員」の減にまで踏み込んだ内容となりました。

政府は、その実行計画を基盤に、来年'06年の1月に「企業経営者」による「公共サービス改革有識者会議」を設置し、半年後の6月には各省庁の、具体的な削減の部門とその人員の人数を決める方針を打ち出しました。



具体的な、定員削減と純減の目標を見てみると、次のようになります。

◆国家公務員:5%以上(68.7万人・そのうち郵政公社を除く)
 ・行政機関:5%以上33.2万人
 ・自衛官:行政機関に順じ25.2万人
 ・国会・裁判所職員等:行政機関に順じ3.2万人
 ・特定独立行政法人例外を除き非公務員化:7.1万人


◆地方公務員:4.6%以上(308.4万人)
 ・地方が定数を定める分野:5.4%以上107.5万人

  そのうち
  一般行政:64.1万人
  公営企業等43.4万人

 ・国が定数を定める分野:4.2%以上200.8万人

  そのうち
  警察:27.1万人
  消防:15.5万人
  教育:自然減上回る115.4万人
  福祉:42.8万人

この削減の案を見てどう思われるでしょうか?

ここからは、私個人の私見ですが、思えば、1997年頃のことだと思います。現在の省庁が旧省庁から、統合され、「スリム化」されるというニュースを知った時に、「公務員のリストラ」が事実上、始まるのだと確信していました。

それから、数年かけて「市町村合併」で地方の公共の「スリム化」を目指し、国家財政の赤字の是正を打ち出すのだと、ここまでは「聞こえのいい」話ですが、では、このように「公共サービス」が国家から切り捨てられ、「官から民間へ」移行するのならば、どうなるのかを考察する必要があります。

小泉内閣が目指す「小さな政府」とは、公共の概念を民間へ委託し、政府の役割はもっぱら「中央集権指導型」の政治概念であり、個々の行政サービスは結局のところ、その中央集権、つまり「小さな政府」の指示のままに動く国家像ではないかと推測します。

過去、ILO勧告を無視してきた、政府は諸外国における、公務員の労働争議権を剥奪したまま、政府主導型の「公共の概念」を作り上げてきたのではないかと、思います。

私が、今後この問題対して懸念されることは、官が果たしてきた役割が、民間へ移行することで、不必要な「過当競争」を強いられ、これまで「無償」(正確には国民の税金で成り立っていますが)であった、公共サービスが「有料化」或いは、金額の負担増につながるのではないかという懸念です。

実際にあった話を列記すると、ある行政機関が「市町村合併」にともなって、数多くの行政サービスを「民間へ委託」するので、各事業所は名乗りを挙げて欲しいと募ったところ、諸手を挙げて各事業所が参入し、その数たるや、凄まじいものがあったそうです。

それから、ある自治体職員の方の話ですが、「市町村合併」の対応と残務処理で勤務は夜中の0時を周り、深夜に帰宅して、早朝に出勤するという「激務」に耐えながらの生活を余儀なくされている方もいます。
また、それにともなって、地場産業や大企業の極端に少ない市町村では、役場等のパート労働で安定した生活費を維持しているという「現状」があります。「市町村合併」のあおりを受け、そのパート労働を切り捨てられた、家庭では、子どもの「教育費」すら維持することが、困難という報告も聞いています。

さらに、消防に関して私が個人的な体験談を記述しますが、私の職場で、「防災訓練」をするから是非、消火器の訓練を実施させて欲しいとある消防署の署員の方と話しましたところ、「実際の消化剤の入った消火器は使うことができない」という話でした。

どういうことかと、申しますと、消化剤の入った消火器を火災などの訓練で使用することは、「予算上」できないということなのです。従って、消火器の中に高圧の圧縮した空気と水を送り込んで、水を噴射するだけの、実際の火を消すという訓練ができないという状況でした。つまり、消火器の「取り扱い方」だけの訓練というわけです。

警察に関しましては、私の友人がニュースや新聞に載らないだけで、「コンビニ強盗」が多発している。でも、警察官が少なく、未然にそれを防ぐ対応ができない状況であるという話を聞きました。

これは、もう、国民の安全を「守る」国が最低限の「保障」を切り捨てるということに他なりません。

自衛官に関しては恐らく、人件費を抑えてその装備品、つまり武器を充足させることで国防費を捻出させるということが見えてきます。最新の兵器は少人数でも運用できるということならば、自衛官の人員も削減の対象となったのかも知れません。

さらに、教育・福祉に関しては言うまでもありません。
「義務教育費国庫負担法」を改悪し、教職員の定数が自然減(退職者数)による削減以上となりましたら、まず、考えられることは学校の「統廃合」です。
そうなりましたら、子育て世代の保護者は、近くへの学校の存続を心配しなくてはなりませんし、統廃合で遠方の学校へと通学させないといけない。最近、子どもたちが凶悪な犯罪に巻き込まれる痛ましい事件が絶えませんが、通学の安全を考えなくてはならず「スクールバス」の案が浮上してくるでしょう。しかし、恐らくこの調子でいくと、遠方への通学手段として「スクールバス」の要請をしても、行政はそれを「保障」するか、疑問でしょうし、仮に、そのバスを運用するとなると「民間」へ委託することになりますから、その通学のバスの「費用」を個々人で「負担」しなくてはならないことも「予想」されます。

福祉には、様々な「改悪」がなされましたが、今後の少子高齢化を支える、行政サービスが「高額な金額負担」としてのしかかってくる可能性はあるでしょうし、今まで無料であった各サービスも、「有料化」の懸念も存在するでしょう。

消費税率を上げ、税金も今後UPされることが、次第に現実化される中で、「税金を払いながら、有料の公共サービスを受けざるを得ない」という「二重の負担」を迫られるというこの国家像は、ますます、二層化する国民を増殖させ、極端な世相と世論を形成し、混迷きわまる社会を加速化させるだけなのかも知れません。

公務員層が、賃金カットや人員削減へと発展すれば、今まで民間が公共の場へ発注してきた様々な「備品」や「事務用品」の発注も、「激減」するかも知れませんし、仮にそのサービスが「民間」へと移行する過程の中で、どのような「不正な談合」(今でもあることですが)が、今以上になされることも視野に入れなくてはなりません。

「郵政民営化」やかつての「国鉄民営化」の流れの中で、反省するべきことは何なのかを真剣に考えこの問題の背後には何があるのかという「冷静な判断力」を身につけなくてはならないと思います。
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by rosso_fiolencino | 2005-11-27 12:07 | 政治・時事
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