国・自治体・地域社会は総力をあげて子どもを守れ!その1
昔、宅地化される前の「空き地」や、自治体が設置した「公園」は、子どもたちの格好の遊び場でした。「子どもは風の子」と言わんばかりに、今の冬の季節よりも寒い外に出て「元気」に力いっぱい遊んだものです。公園の砂場でのやり取りというものは、それこそ子ども社会の縮図がそこにありまして、大きな砂の山を築き、それの中に「トンネル」を作って「貫通」した時は、何故かにんまりして「公園仲間」と喜んだものです。(手と手が合わさった感触が「仲間意識」を育んだと思います)



そんな、公園にもいたずらやいじわるをする子どももいて、せっかく作った砂の山を足蹴にされてそれを「抗議」するものなら砂をかけられたり、小石をぶつけられたりして、やられたり、やり返したりして、その挙句、誰かが泣いてしまうと「先生に言うからね!」とか「うちのお母さんに言うから!」(大抵は女の子がそう言っていました)と激しい口調でまくし立てると、いたずらものの子どもは、ばつが悪そうに、その場を「退散」するものでした。ましては、そこに大人や親がいるとなおさら、そのような「いじわる」は姿を消したものでした。

やがて、子どもたちの遊び場だった「空き地」が宅地化され、「遊び場」を失った子どもたちは一層、公園にその遊び場を求めて集まり始めました。しかし、近年、その「遊び場」だったはずの公園が子どもたちの姿をトンと見かけなくなりました。これは、過疎地域での話ですから、大きな都市部ではまだ、公園がその役割を果たしているかも知れません。

ところが、ここ多発する子どもへの「痛ましい犯罪」が増加し、「社会不安」が高まるにつれて過疎地域の公園では、子どもの姿はおろか誰一人姿がなく「不気味」に静まり返っています。時間帯によっては、親子連れの子どもを見かけますが、上記の文章のように子どもたちだけの世界を見ることが少なくなったように思われます。

原因はTVゲーム等の家庭内の娯楽が多くなったのも一因ですが、やはりここ数年における子どもへの痛ましい事件がその背景にあるのだと考えます。

現代は「育ちの危機」と言われる時代ですが、ここ数年「不審者」の通報が多発し、それとともに幼い命を落としてしまう事態にまで発展しており、子を持つ親の世代としては決して「他人事」では済まされないことです。社会への「不信感」や「閉塞感」が、様々な犯罪の背景にあると思います。しかし、一番体力や立場の弱い子どもに「犯罪」という形で、それを向けることは決して許されざるべき行為であり、この問題を「国民的課題」として、大人社会は取り組んでいく「義務」があります。

そんな中、ある自治体では小学校等を中心に「スクールバス」で登下校の送り迎えを実施する試みがなされました。バスに乗り込むときも、地域の「ボランティア」の方々が、帰宅するまで見届けるという取り組みです。アメリカやヨーロッパでは普通に見られる「スクールバス」ですが、日本のありとあらゆる「安全神話」が崩壊する中で、この事例は、自治体の取り組みとしては、高く評価できます。

しかし、年間にかかるバスの運用面や人件費などの費用で数百万円の経費と、24時間大人社会が子どもを見守るのは限界があるという反面の作用もあるようです。そこで、ある都内での小学校では、「防犯ベル」機能がついたPHSを児童に持たせ、いざ子どもが何らかの危険にさらされると、あるセキュリティーシステムを管理している施設に通報され、GPS画面で子どもの現在地を割り出すという、ハイテクを駆使した対策も見受けられます。また、ある地方の公園では24時間体制で監視できるカメラを設置し、市民がそれを各家庭のコンピュータで監視できるシステムが運用されているという報告もあります。

私は、子どもを守るのならありとあらゆる手段を尽くすべきだと考えますが、所詮、ハイテクの機器を導入しても、それを運用するのが人であるという視点で捉えれば、そのハイテク機器も限度があるということも認識しなければなりません。

話は飛びますが先月、東京証券取引所で11月1日にステムダウンが発生しました。その根本的な原因は、運用体制の不備にあったわけですが、東証におけるシステム障害の直接原因は、F社が作成した手順書の記載ミスによるロード・モジュールの登録漏れ、つまり人的ミスであるというニュースを覚えていらっしゃるでしょうか?

この一件と比較するわけではありませんが、監視カメラ・防犯PHSによるハイテクも人為的なミスや機器の不備があれば100パーセント過信は出来ません。私個人は、やはり国や自治体が、地域社会の協力を得ながら、「スクールバス」の運用や地域社会の防犯体制を、確立させることを優先するべきでしょう。犯罪を「厳罰化」しても、即座に犯罪が減るということには直結するとは限りません。

一つ例を考えて見ましょう。かつてのアメリカの自動車の街であった「デトロイト市」は日本企業が多く輸出した自動車の売れ行きが増大して、アメリカ国内での自動車が売れなくなり、その結果、失業者が多く出て、社会不安が増大し犯罪が多発したという事例もあります。

今の日本社会は、この「デトロイト市」の事例とは、一致するものではなくても失業問題が、やがて大きな社会不安を抱え、犯罪や治安維持が困難になったことを見れば、国が目指すのは「雇用問題」の解決と「経済政策」ですが、この問題は一朝一夕に解決できそうにはないようです。

ですから、まずもって、国は各自治体に「子どもを守る」ため「最大限」の「支援」と「努力」を惜しんではいけません。自治体は、防犯マップの作成やボランティア等の「防犯対策」だけではなく、本腰を入れて、少なくとも子どもの登下校の時間帯だけに絞ってでも、「スクールバス」の運用を検討するべきだと思います。ここで、運用面を「民間委託」という意見もあるでしょうが、国が「少子化対策」という掛け声をするならば、これは国が運用するべき「義務」であり、それを民間へ「丸投げ」するのはボタンの掛け違いと考えます。

今日は、ここまで。

明日、この記事の続きを書きます。(今日は真珠湾攻撃の日。12.8)
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by rosso_fiolencino | 2005-12-08 22:17 | 政治・時事
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