墨子の思想3・兼愛篇
兼愛説「人々を差別するな」
   
「天下の人を悪(にく)みて人を賊する者を分名せんに、兼か別か、すなわち必ず別なりといわん」

墨子先生は説いて言った。

「仁者(徳行のある人)の使命と務めは必ず、『天下の利益』を興して『天下の害』を除くことが求められる」

それでは今の時勢にあって「天下の害」のうち、何が目に余るほど大きいか?
墨子先生は言う。



「大国が小国を攻める、大きな氏族が小さな氏族を乱し痛めつけ、強い者が弱い者を脅かしいじめ、多数が少数を尊重せず、人民を騙し、貴族がおごり平民をさげすむことこれらが、『天下の害』である。また、君主たる者がが横暴であり、また臣下が不忠であること、親が愛情に欠け、子たる者が親孝行を尽くさないこと、これらも『天下の害』である。また、武器を用い、毒薬を仕込んで、水や火を用いて攻め、あらゆる手段を選ばずに殺戮すること、これもまた『天下の害』である」

このような、おびただしい「害」が一体どこから生じるのか?
それは、我々が人を愛し、人に利益を与えたことによって生じるのか?いや、無論そうではない。それは、人を憎み、人に不利益を与えたために、そうなるのである。

人を憎み、人に不利益を与える行為とは、「人には平等に接するべし」という考え方、つまり「兼愛」から生まれるのか?それとは逆に「人には差別を設けるべきだ」という考えである「別愛」から生まれるのか?
   
これは言うまでもなく、後者の「別愛」からだ。


果たして、「別愛」こそ「天下の大害」を生じさせる根拠であり、「別愛」に反対する理由は、まさにここにある。

原文の書き下し文

子墨子言いて曰く、「仁人の事は必ず務めて天下の利を興し、天下の害を除かんとことを求む」。然らば今の時に当たりて、天下の害、いずれか大となす。曰く、「大国の小国を攻め、大家が小家を乱し、強の弱を劫(おびやか)し、衆の寡(か)を暴(あら)し、詐(さ)の愚を謀(はか)り、貴の賎におごるがごときは、これ天下の害なり。また人君たるものの不恵、臣たるものの不忠、父たる不慈、子たるものの不孝のごときは、これまた天下の害なり。また今の人を賊(そこな)い、その兵刃(へいじん) 毒薬水火を執(と)りて、もっこもごも虧賊(きぞく)するがごときは、これまた天下の害なり」。
しばらく嘗(こころ)みにこの衆害のよりて生ずるところを本原するに、これなによりてか生ずる。これ人を愛し人を利するによりて生ずるか、すなわち必ず然るにあらずといわん。必ず人を悪(にく)み人を賊するより生ずといわん。天下の人を悪みて人を賊する者を名分せんに、兼か別か、すなわち必ず別なりといわん。然らばすなわちこのこもごも別なるものは、果たして天下の大害を生ずるものなるか。この故に別は非なり。


言うまでもなく、墨子の「兼愛」、すなわち、キリスト教でいうところの「隣人愛」です。人々は、皆、我と思い、知らず知らずに人を差別しています。互いに相手を認め合うことで混乱を救う道であると墨子は説きます。

「そんな甘いことで…」という批判に、彼は反論を畳み掛けます。
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by rosso_fiolencino | 2005-12-16 17:30 | 諸子百家
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