筑紫哲也さんの憲法9条に対する思い
「憲法9条」をどう捉えるか?
ニュースキャスターの筑紫哲也さんの9条に対する思いを転載したいと思います。



自民党が10月28日に発表した「新憲法草案」を読んで、がっかりしてまた少し安心した。

現行憲法の「前文」と草案の「前文」を読み比べてほしい。草案前文は、官僚の悪文の好例であり、はっきり言ってつまらない。人の気持ちを打つもの、琴線に触れるものが何もない。このようなものが国民から広く支持されるとは思えないのだ。

これは、憲法はそもそもどういうものとしてつくられるべきなのか、という根幹にかかわる問題だ。
現行憲法は、日本が戦争に敗れ、戦前・戦中の抑圧的な体制から「新しい時代」へ踏み出すときに作られた。自分たちがこれからどういう国をつくりたいのか、国民は何を軸に生きていこうとするのか、日本が世界の中でどういうところにいるべきなのかなどについいて、「恒久の平和」「人間相互の関係を支配する崇高な理想」「国際社会において、名誉ある地位」というような言葉で指し示した。まだ子どもだった自分にも、そういうものを軸にして、日本が新しく変わっていくのだと共感するものがあった。

つまり憲法は「たいまつ」みたいなものだ。みんなが「これでいこう」というような理想、少なくとも最低限の理念がなければ意味がない。パッション(情熱)を持ち、人間の気持ちを揺さぶるものがなければ基本的にはならない。そこがほかの法律と違うところだ。自民党草案はその点で失敗だ。

憲法を変えるには民主党、公明党の賛同が必要なので、受け入れなれそうにない文化、伝統、歴史にかかわる表現を全部削り落としてしまったからだ。「今の憲法は現状に合わない。とにかく変えよう」ということにこだわりすぎたためでもある。

自衛隊の存在と9条2項の戦力不保持。交戦権否認は矛盾している…とやり玉に挙げられているが、憲法が掲げる理想・理念は実現するまでものすごく時間がかかることがあることを認識するべきだ。例えばアメリカ憲法は「人種は平等だ」と書いてあるが、黒人差別が是正されるには公民権運動などを経て、何年もかかった。

9条2項も、私たちが「戦争や武力行使によって物事を解決することはしない」と決意するなら、また将来の世界をそういう形にしたいと思うのなら、掲げ続けるべきものとして掲げておけばいいのだ。それは矛盾ではない。

現状に合わせるということで憲法を考えると、矛盾があるようにとらえられるのだろうが、先に言ったように、憲法はそもそも、どういう国つくるか現状をどう変えるか、という理想・理念を盛り込むものなのだから、戦力不保持が現実化しておらず逆の方向へいっているとしても、それを外す必要は全くない。

ここで、考えておきたいのは、米国・米軍との付き合い方だ。米国は戦後60年もずっと戦争し続けている国であり、「問題」を軍事力で解決しようとする国だ。日本はその米国と同じ哲学で動けるのだろうか。米軍再編でより緊密な軍事関係を築こうとしているが、「私たちの憲法の範囲で付き合います。それ以上はダメですよ」という同盟関係をつくるべきだ。

あまりにもベッタリの日米関係をつくると、日本はアジアでどんどん孤立していくことになる。心ある日本の指導層の人たちが危惧しているのはそのことだ。既に中国と韓国は対米の共同歩調が目立つようになっている。「日本は米国離れをしようとしないし歴史を反省しようともしていないのだから、日本抜きでアジアのことを考えよう」という流れがじわじわ出てきている。パッシング(無視)が始まると、日本は生きていけなくなるだろう。

特に9条改憲論が、近隣諸国のことを全く考えないで進められているころが一番の問題だ。今は憲法で一定の歯止めがあり、戦後60年にわたり日本人は殺しも殺されたりもしていないが、これが外れると日本はどこへいくのか分からないと近隣諸国の多くの人が警戒している。憲法を考えるとき、このことをしっかり頭に入れておきたい。

(注:太字は私で挿入)

資料:現行の「憲法9条」と「自民党新憲法草案による9条」の比較。

現行:9条
第2章―戦争の放棄

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


自民党:9条
第2章 安全保障

(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

(自衛軍)
 第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。

 2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

 3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。

 4 前二項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。


追記:資料・現行の「憲法前文」と「自民党新憲法草案による前文」の比較。

現行:憲法前文
前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
 われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


自民党:前文
前文
 日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。
 象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する。
 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。
 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。



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by rosso_fiolencino | 2005-12-18 11:35 | 政治・時事
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