ライブドア捜索と企業倫理
一昨日から、「ライブドア」に関する株価不正取引に関する報道が続き、改めて「企業倫理」とは何かを考えさせられました。以前、JRの尼崎事故では企業による「安全より企業間の競争と儲け主義」によりあのような悲惨な事故がある種の企業倫理とは何かと言う、「問題提起」のきっかけになった感があります。



「金さえあれば何でも買える」

格差社会が問題視されるこの世相で、堀江氏のこの言葉が如何にも小泉政権下で起きたまさに「新自由主義」の象徴的な言葉であり、昨年、TV会社や球団買収問題で一躍有名になった堀江氏ですが、一転して「IT寵児」が転落したのは、やはり「弱肉強食」の企業買収の思想と、株式の不正取引という「倫理無視」の不正な経営方針に問題があったのだとここ数日の報道で感じました。

ある経済評論家の論評ですが、1970年代に「高株価経営」という言葉があり、ある企業が自社の株を取引先の法人に取得させ、それを市場に流通する株式を品薄にして、株価を高値にする、それによって高い株価を時価発行増資をして多額の資金を得、それをジャパンラインの株を買い占め、最終的にはその株をジャパンライン側に引き取らせるという手法をとっていた過去の経緯があるようです。

そのライブドアが、過去「高株価経営」と類似しているのだそうですが、ライブドアの場合法人ではなく、個人に自社の株を買わせ、株価を吊り上げるために何度も株式分割を行い、買収や決算について、虚偽の情報を流す不正な手法を取っているようです。法人への安定株価主工作ではなく、個人投資家を動員するのは、バブル崩壊でこの手法がライブドアにだけでなく他の関連企業も使われているのです。

この自社の株を吊り上げて株式交換で他社を買収することによって、株価が高騰する。ただ、この一種の「錬金術」は株価が永続的に上がるという前提でありますが、それは株価が下がれば全て崩壊する。こういった「錬金術」が、バブル崩壊後の株式市場では法人に代わって国外の機関投資家と国内の個人投資家が主になってきましたが、最近では個人投資家が「東京証券取引所」の出来高の半分を占めるようになったようです。

私は、その様子をあるTVの特集で観ていたのですが、分・秒単位で変動する株価に片時も目を離さずネットに向かい、そのPCの横では携帯を脇に情報を収集し、まるで「ギャンブル」のように株を売買するその異様な光景は、個人投資家の株の「ギャンブル化」と言わねばなりません。しかし皮肉にも、個人投資家と「高株価経営」という日本の株式市場が「ギャンブル化」していく中で、「ライブドア問題」で株の売り出しが殺到し、東証は初めての全取引停止という、IT投資の「脆さ」をさらけ出しました。街の人々は「景気がよくなったのに」という声がありますが、それは一部のマネーゲームに成功したり、大企業の一部が潤っているだけの指数でそのような言葉が出ているだけで、私個人は「見せ掛けのもろいIT投資経済」であると思います。

企業倫理より儲け主義で、どれほどの人的損害が出るのか、それにより、日本の企業体制が蝕まれ、機能不全に陥る危険性をはらんでいるわけです。これは明らかに現在の小泉政権下が唱える「規制緩和」による巧妙な手口を使った事件であり、この問題はライブドアだけの問題ではなく、今後の小泉政権を揺るがす出来事であると見ます。また、企業倫理が依然として是正されず、働いても苦労するか働くなくとも、スキルさえあれば大儲けができるという、不自然な世相を形成し、ますます、おかしな世の中に変貌することは明らかであると思います。
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by rosso_fiolencino | 2006-01-19 19:41 | 政治・時事
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