新しい憲法のはなしと教育基本法
1947年8月2日当時の文部省は「あたらしい憲法のはなし」を発行しました。残念ながら、51年には再軍備の煽りをうけて姿を消してしまいましたが、その内容をご紹介いたします。



憲法とは、国で一番大事な規則、すなわち「最高法規」というもので、その中には、だいたい二つのことが記されています。その一つは、国の治めかた、国の仕事のやりかたをきめた規則です。もう一つは、国民のいちばん大事な権利、すなわち「基本的人権」を決めた規則です。このほかにまた憲法は、その必要により、いろいろのことをきめることがあります。今度の憲法にも、あとでお話するように、これからは戦争を決してしないという、たいせつなことが決められています。

日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これを戦力の放棄といいます。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、決して心細く思うことはありません。日本は正しいことを、他の国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、決して戦争によって、相手を負かして、自分の言い分を通そうとしないことを決めたのです。穏やかに相談して、決まりをつけようというのです。何故ならば、いくさをしかけることは、結局、自分の国を滅ぼすようなはめになるからです。


教育基本法
1947年3月31日 法律第25号
1947年3月31日 施行

われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない。ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。


この理念は、私は憲法にも謳われているように、人類が求めた最終的な目標であり到達するべきあり方を説いています。これらの理念が単なる「理想」に終わっている。或いは、時代にそぐわないなどという虚無主義の意見が横行しています。閉塞感漂う、社会的な病理現象の中で理知的な判断を削がれた「世相」を感じます。今ひとつ、「理想や理念だけでは今日の世界平和はありえない」という暗黒の虚無に染まった思考を、立ち止まって考え直して欲しいのです。
「あたらしい憲法のはなし」の中で「いくさをしかけることは、結局、自分の国を滅ぼすようなはめになるからです。」この言葉が全てを語っています。小泉政権は散々、「改革」の名の下、「平和と憲法の精神」を「破壊」しています。憲法は「人類が目指すべき不磨の大典」であり、何度も繰り返し主張しますが、マスコミや今の与党や民主党の一部の議員の言う「改憲論」の愚かさを国民レベルで、闘い抜かなければなりません。また、教育ファシズムが横行する東京都等の例を見るに、この「教育基本法」はいわば「憲法と双子の関係」にあります。子どもたちの未来のため、この理念を死守するべきだと思います。
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by rosso_fiolencino | 2006-02-05 10:30 | 政治・時事
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