世に倦む日日の過去のエントリーを読んで
ここ数日、娘の「インフルエンザ」の症状に悩まされ、私自身も賃金交渉の不当な「妥結」で元気を消失してブログを書く意欲を喪失しかけていたところですが、久しぶりに「世に倦む日日」の過去のエントリーを読んで、私がブログを書く動機を再確認すると同時に、やはり、目指す社会像は本当にこうであるべきであると普段の地道な努力が必要なのだと思いました。

以下、「世に倦む日日」のエントリーから抜粋。



同意の調達と合意の形成、それが政治だと言った。が、もう一つ続きがある。それは多数を組織することだ。同意を調達し、合意を形成し、多数を組織すること。その循環が政治である。そして権力を獲得して理想と目標を地上に実現する。「世に倦む日日」の目ざす目標は「改革ファシズム」から日本を救うことである。小泉政権を打倒して新自由主義革命の暴走を阻止することである。日本経済を米国資本による植民地支配の魔手から防衛し、グローバル資本主義の侵略から解放することである。米国から独立した日本を作ることである。中産層の勤労と生活を再建し、中産層家庭の所得と教育を再興することである。日本人一般が生きる希望を取り戻すことである。日本人一人一人が、「勝ち組」でもない「負け組」でもない「普通の日本人」の自己認識と社会的立場を取り戻すことである。

「普通の日本人」として誇りを取り戻すことである。世界中から羨ましがられる豊かで生産的な理想の高齢化社会を作ることである。雇用の安定保障と市場競争力の保持を統一して実現する新しい企業原理を創出することである。高度な福祉国家を再構築することである。勤勉で節約する日本人像、浪費せず貯蓄する日本人像を再建し、一人一人が集団の中で目標を持ち、能力を開発し、個性を実現する生き方を持ち得ることである。教育に投資し、どの国にも、どの教科の成績でも負けない世界一の教育王国を実現することである。戦後民主主義の理念を情報化社会のハイレベルな次元で現出達成することである。日本のデモクラシーの理想をネット市民社会として実現させることである。アジアの指導国として日本国憲法の平和主義をアジア全体に教化伝道することである。9条の理想を国連総会で宣唱し、第三世界諸国代表から総立ちの拍手喝采を得ることである。米国の武力支配主義と対決し世界を平和に導く先頭に立つことである。

そして日本人は自信と誇りを取り戻すのだ。不況から立ち直り、財政を立て直し、中産層を蘇らせ、市場競争力で他国資本を凌駕し、米国の「帝国支配」の頚木から脱し、新自由主義とは異なる成功体験と成功原理を世界に提示証明して、アジアとヨーロッパの諸国民から賞賛と尊敬を受けるのだ。そういう日本国と日本人にすることが「世に倦む日日」の理想であり目標である。それは政治によって実現される。そしてそれは必ずできる。夢ではなく実現可能である。できないと思うのは新自由主義のイデオロギーに洗脳され、新自由主義の勢力に怖気づいて自信喪失しているからだ。日本人の自己不信を米国と政権とマスコミに刷り込まれて自己暗示にかかっているからだ。世の中に「勝ち組」と「負け組」しかないと思い込まされているからだ。新自由主義のマインドコントロールを払拭すれば日本人は必ず蘇生回復する。これから分析だけでなく政策と行動の提案と提言に踏み出そう。政治の一歩に動く。最初に「反小泉」のネットワークを試みてみる。


現状は、厳しさを増すばかりで、たとえ小泉が退陣してからも、ポスト小泉は容赦のない、「新自由主義」という暗黒時代を形成させるのに一役買うでしょうが、これに負けてしまっては何もならないわけでして、憲法12条にも次のような、条文が書かれています。

第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

この「国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」ということは、我々が政治に関心を持ち、ある人は選挙活動や政治運動に参加することを意味しているのだと思います。最近、若い人々は何か「政治運動」は悪いことではないかという、誤謬が見かけられますが、私はそう思いません。もちろん、「反社会的で法令に反する」ことは厳に慎まなければなりませんが、「不断の努力」が、この国の行く末を救う唯一の道だと、今日そう感じました。

週末、休日は市議選の選挙「動員」で多忙ですが、その普段の努力を果たすべく、アクションをおこそうと思います。
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by rosso_fiolencino | 2006-02-08 19:14 | 政治・時事
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