教育基本法を今こそ堅持し教育の格差を阻止しよう
過去5年間で,小泉政権は医療・教育・福祉・社会保障制度を切り捨て多くの国民は,気がついたら生活破壊を余儀なくされてしまったと,痛感している社会になってしまいました。

安部政権が目指す,「教育改革」の中で教育基本法の改悪を強力に推進し,それが第一の政治課題であると明言しています。今の混沌とした社会情勢の中,戦後の教育基本法の精神が今の堕落した社会を構築したのだという考えなのでしょうが,憲法と同じくこの教育基本法の精神を消化し,生かす政策がどれだけ過去とってこられたのでしょうか?



中教審の答申がトップダウン式に,文部科学省に下ろされ,それが各都道府県の教育委員会から教育事務所,自治体の教育委員会に様々な「猫の目政策」に踊らされ,どれほど教育現場が混乱し,過去様々な問題を山積していったかを振り返ると,明らかに,中央で審議された教育現場とは随分かけ離れた場所にいる一握りの,財界人や右傾化した知識人によって教育の現場を混乱させた元凶がそこにあります。

安部首相が言う「美しい日本」とは何なのでしょうか?

美しい国という言葉から,かつての戦前・戦時中のあの頃の日本人独自の気質が,今失われた日本人に必要であるとでも考えているのでしょうか?で,あるとするならば国民にこの国に対する滅私奉公を強制することに繋がり,さらには,教育の場から子どもたちに「国家主義」を押し付けるという偏狭であり,危険なナショナリズムの傾向に憂慮するばかりです。

教育改革の,目玉としていくつかあまり知られていないことを,私自身の記憶の範疇で記述し,私見を述べて見たいと思います。

「バウチャー制度」という学校選択を自由に出来る制度が,導入されることが検討されています。この「バウチャー制度」とは具体的に言えば,各地域の保護者にチケットを配布し,学校を自由に選択し,選択した学校へ行けるようにするという制度です。つまり,従来の学区制を撤廃し学区外でも(一部例外で学区外でも行けるようになっている地域もあるようですが)自由選択で学校に行けるという,一見保護者から見れば歓迎されるような内容と受け取られると思われます。

そこでAとB学校があったとすれば,A学校に人気が集中しB学校が過疎になることは十分予測はつきます。そこで人気度によってA学校に予算を多く配分し,人気のないB学校には予算を回さないという仕組みです。いわゆる,学校の査定制度とでも言うべきこの制度は,明らかに教育基本法と憲法が定めた「教育の機会均等の精神」を崩壊させるものとなるでしょう。

人気の多いA学校に対して,教室の空きや教職員の人員の配置に無理が生じるのは火を見るより明らかで,成績順にA・B学校の生徒の割り振りが予測されます。それによって例えば,自宅から近いはずのA学校に行きたい家庭は,遠方のB学校へ行かされる可能性は十分にあり,その交通費等は自己負担となるでしょう。

さらに言えば,すでに義務教育の段階から学校の選別が始まるということになります。もっとも政令指定都市等の大都市においては,この制度の運用は可能かも知れませんが,過疎地域にこの制度はまったくなじまないということになります。

どの地方に行っても,どの学校に行っても同じ教育の質を保証するのが「教育基本法」の理念でありこれを改悪を阻止できなければ,子どもたちは幼い頃から,経済的な理由から十分な教育の機会を奪われるという危険性を十分にはらんでいるのです。

そういう「バウチャー制度」という,まやかしの先にあるのは何なのかを厳しく見つめなおす必要があると考えられます。
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by rosso_fiolencino | 2006-10-06 20:58 | 政治・時事
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